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松竹新喜劇 藤山寛美 人生双六3

人生とは・・・

不遇の二人が出会い・・・五年後に再会・・・

世の中そんなに簡単じゃない・・・

でも捨てたもんじゃない・・・

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◆藤山寛美:データ

1990年の年明け頃から、体に異変が起こる。3月に体の不調を訴えて検査入院、肝硬変と診断される。舞台に復帰したいと言う願いも虚しく、同年5月21日に死去。亡くなる直前には、上岡龍太郎主催の劇団「変化座」の演出・プロデュースを藤山寛美が担当することとなっており、寛美の顔写真が出演者と共に写っている宣伝ポスターまで作成されていたが、上演直前に亡くなったため、陽の目を見ることがなくなってしまった(同舞台は、藤山寛美追悼公演として上演された)。また、亡くなる3日前に「中座」に行きたいと言い出し、妻と共に夜遅くに「中座」へ行ったと言うエピソードがある。
死去の際、桂米朝は「一番残念なのは後継者を育てなかったこと」と悔やみ、上岡龍太郎は「大阪の文化が滅びる」と嘆き、立川談志は「通天閣が無くなったようだ」と偲んだ。
小林信彦も、「おかしいということに関しては、この人に勝る喜劇俳優はいない」と、生前から最高の評価をしていた。 また、ダウンタウンの松本人志は著書の中で「この人は素で面白い人なのではなく、面白い人を演じることの天才なのだ」と評した。

ウィキペディア(Wikipedia) 参照

2011-05-19| 藤山寛美| タグ - ,
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